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ちょっといい話 (2)

ちょっといいお話 その2
良弁杉
今から千三百年ほど昔の話である。
近江国の志賀の里に働き者の夫婦が住んでいた。
非常に信心深い夫婦であったが、
なぜか彼らはこどもに恵まれなかった。
「どうかわたしたちにも、こどもを授けてください。」
夫婦は毎日仏に祈った。
すると、ふたりの願いが通じたのか、
やっと男の子が生まれた。
ふたりは天にも昇る気持ちであった。
そして、その子を仏の申し子としてたいせつに育てた。
「なんてかわいい子なんだ」
ふたりは片時もこどものそばを離れなかった。
ある日、母親はいつものように、
こどもを背負って桑畑に出かけた。
そして、桑畑のあぜ道にかごを置き、
その中にこどもを寝かせて仕事にかかった。
その時、どこからともなく一羽のわしが飛んできて、
桑畑の上をゆっくりと舞いはじめた。
母親はそれに気づかず、夢中で桑の葉を摘んでいた。
不意にこどもが泣き出した。
母親がはっとして振り向いたとき、
わしはこどもをつかんで空に飛び上がった。
「だれか・・・・・・・」
母親は大声をあげながらわしの後を追いかけた。
畑にいた人たちもいっしょになって追いかけたが、
わしの姿はみるみるうちに小さくなっていき、
やがて雲の中に消えた。
そのころ、奈良に義淵という高僧がいた。
ある日、義淵が春日山のふもとを歩いていると、
大きなわしが舞い降りてきて、
目の前の大きな杉のてっぺんに消えた。
「はて、あんなところにわしが巣を作っているのだろうか」
義淵が杉の木を見上げた時、不意にこどもの泣き声がした。
驚いた義淵はきこりに頼んで杉の木を調べさせてみた。
すると、
わしの巣の中にはひとりのかわいい男の子が横たわっていた。
「おう、よしよし。
あんな高いところにいてさぞかし怖かったであろう」
義淵はその子を寺に連れ帰り、
自分のこどもとして育てることにした。
こどもはすくすくと大きくなり、りっぱな若者に成長した。
そして、若者は出家して僧となって良弁と名のった。
学問も人柄も人並み外れて優れ、
義淵に負けないほどの、
高僧としてだれからも慕われるようになっていった。
奈良に都が移されることになり、新しい寺が次々と建立された。
大仏で有名な東大寺が建てられたのもこの時である。
良弁も東大寺を建てるために必死の努力をした。
その努力が認められ、良弁はついに僧正になった。
しかし、僧正になっても決しておごらず、
良弁はひたすら仏の道を求め続けた。
人々はそんな良弁を敬い、
その名はしだいに都中に知れ渡っていった。
良弁はまだほんとうの父や母に会ったことがなかった。
両親に会いたくなると、良弁は庭に出て一本杉を眺めた。
春日山のふもとから移した一本杉は、
そのままの形で東大寺の庭に立っていた。
-あの杉は、私にとってはたいせつな両親の代わりだ。
良弁はまだ見ぬ両親の姿を思い、そっと手を合わせた。
ところで、たいせつなこどもをわしにさらわれた夫婦は、
その後三十年間わが子を求めて旅を続けていた。
しかし、長い旅の途中、父親は病に倒れて死んでしまった。
母親はたったひとりであちこちの村を訪ね歩いた。
すっかり年をとってしまった、
母親の姿はまるでこじきのようであった。
-こどもに会えるまでは死んでなるものか・・・・・。
母親は来る日も来る日もわが子を捜し歩いた。
ある日、母親は難波国の川下りの舟に乗り合わせた。
するとその時、奈良の都から来たという人が良弁の話を始めた。
「東大寺の良弁さまは、赤ん坊の時にわしにさらわれ、
二月堂の下にある一本杉のてっぺんで泣いていたそうな」
それを聞いて、母親ははっとして胸を押さえた。
しかし、
あんなりっぱなお坊さまがわたしのこどもだなんて・・・・・。
そう考え直してみたがやはり気になり、
母親は思い切って奈良の都に行って東大寺の良弁を訪ねた。
すると、もしやの期待どおり良弁は紛れもなくわが子であった。
たとえ赤ん坊の時に分れようとも、
自分のこどもの顔を忘れる母親はいない。
りっぱな僧になっていても、
良弁の顔には赤ん坊の時の面影があった。
「良弁さま、おまえさまは、わたしのこども・・・・・」
母親は思わず良弁を抱き締めた。
身なりはこじきのようであっても、
そこには懐かしい母親のにおいがあった。
良弁も、この年老いた女がまちがいなく母親であることを知った。
「よくぞご無事で・・・・・・」
良弁の目から涙があふれた。
ふたりはしっかと抱き合ったままいつまでも肩を震わせていた。
そのようなことがあって以来、だれいうともなく、
この杉の木のことを良弁杉と呼ぶようになった。
良弁杉は今も二月堂の下にある。しかし、
それは雷に遭って倒れた後、新しく植え替えられた杉だそうである。